隠れ「かまってちゃん」

俗にいう「かまってちゃん」は協調タイプのみ、と考えていた。
相手の気持ちを慮るように、自身の気持ちも察して欲しい。
これは自然の感情だ。
何故なら、自分に出来ることは他人も出来る筈だから。
それ故気遣いのない相手に苛立ち、何故わかってくれないのかと思い悩む。
そんな協調タイプさんに多く見られるのが「かまってちゃん」だと信じていたが、どうやらそれほど単純な話ではないらしい。
事の発端は、私が参加しているコミュニティ内の「レス禁」トピ。
参加者の一人が「かまってちゃんは苦手」と書き込んでいたのだ。
なるほど、参加者の多くが「かまってちゃん」であり、言葉の端々に「気軽に話せる仲間が欲しい」といった叫びが見え隠れしている。
中にはストレートに吐露する人もいるが、大半は遠回しな言い方。
レス禁故直接反応することは出来ないが、メッセージ等での交流を望んでいるのだろう。
但し、誰でも良い訳ではない。
あくまで優しく人。
くだらない呟きにも相槌を打てる人。
自分を決して否定しない人。
でも、現実はそうじゃないからレス禁トピに書き込む。
そうした心情が理解出来るだけに、痛々しいなと思う。
一方で、「かまってちゃんは苦手」と言い切る人もいる。
彼等もまた、レスがつくのを望まない。
傷付きたくないのが協調タイプならば、必要以上に関わりたくないのがこのタイプ。
その癖、自分の呟きは誰かに聞いて貰いたい。
本当に他者との関わりが煩わしいならならtwitterでも良いのだ。
鍵付きにも出来るし、普通に呟いてもすぐに埋もれる。
フォロワーの少ない個人の呟きなんて、そんなものだ。
けれど、彼等はそれを選ばない。
あくまで「特定の人々の目に触れる」レス禁トピを選ぶ。
交流するのは真っ平だが、注目はされたい。
そんな自己顕示欲が透けて見える。
そう、この人たちもまた「かまってちゃん」なのである。
表向きは凛とした雰囲気だけど、実は常に注目されたい寂しい人たち。
しかも自分では何も気付いていないから根が深い。
正直、普通の「かまってちゃん」の方が扱いやすいぞ。
…と、勝手に分析しながら眺めるトピは非常に興味深い。
勿論、そうではない呟きの方が多いし、だからこそレス禁を選んだんだよね?と共感出来るのだけど。