読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

誤変換と誤字と。

「誤変換が多い人とは友達になれません」
SNSで見かけた言葉である。
さぞかしきっちりした人なのだろうが、それはちょっと言い過ぎだろう。
多くの人はスマホからのアクセスだし、勢いに任せて文章を打ち込んでいる。
当然、自分が打った文章を確認する余裕もない筈だ。
これがブログ等になれば「もう少し推敲しようよ」と突っ込みたくなるが、たかがSNS上の掲示板だ。
そこまで要求するのは酷というものだ。
とはいえ、その人にとっては許し難いことであるから、「友達になれません」と言い切る方がお互いの為だろう。
ところで、一口に誤変換と言っても大きく二つに分かれる。
一つは純粋な誤変換。
もう一つはガチで間違えているケース。
前者は気付いた時に修正するが、後者の場合はそれが出来ない。
何故なら、自分が間違えていることに気付かないから。
以前勤めていた職場で見かけたのは「機会」と書くべきところを「機械」と書いていたレポート。
しっかり赤ペンで修正されていたが、コピーをしながら思わず吹き出してしまったことを未だに覚えている。
一方で笑えないのが、知人のブログで見かけた誤字。
本来「転校」と打つべきところを「転向」としていたのだ。
流石にストレートに「転校が正しいですよ」という訳にもいかず、やんわりとコメント欄で伝えてみたものの、結局本人には理解されず。
後日アップされた画像ファイルにはしっかり「転向」の二文字が刻まれていた。

それにしても、誤変換は楽しい。
多くの場合は「自分の癖」が如実に表れるが、時には「何故その組み合わせ?!」と訝しむものもある。
しかも、そういうものに限って誰かに送信していることが多い。
そう、メッセージアプリ等で会話をしている際に、その手の誤変換が生じるのだ。
原因はわかっている。
会話のリズムを重んずるあまり、打ち込んだらすぐに送信してしまうからだ。
これがブログ等の文章であれば、それなりに推敲する。
やはり誤字は恥ずかしいし、下手は下手なりに「正しい日本語」を使いたい。
それでも見落としが生じてしまうから嫌になるけど。
そんな訳で、他人の誤変換には寛容な私だが、中には誤変換を指摘されて逆切れする人がいる。
曰く、「仕事ではきちんとしているもん!」
気持ちはわからなくもないが、だからといって開き直りは良くないだろう。
事実、この人のブログには人名の誤表記が多い。
「仕事ではきちんとしている」かもしれないが、せめて人名(有名人)ぐらいは確認すべきだろうし、それが出来ないなら一切書くべきではない。
ま、一々指摘はしないけどね。