多面性を持つ

自分は二重人格だ、と名乗った男性がいた。

どうせ冗談だろうと思い、たったの二つしか人格がないの?と私は返した。

どういうこと?と相手が尋ねてきたので、すかさず私は多重人格だけど?と返したところ、相手は黙り込んでしまった。

勿論、本来の意味では使っていない。

興味のある人は調べてみると良いが、現実の多重人格者は極めて不自由であり、それ故人格を統合する治療が必要となる。(そこから先は専門書をお読みください)

さて、自ら多重人格を名乗る私であるが、その本質は多面性を持つ人間であることは重々承知している。

物心ついた頃から相手に合わせた話題を選び、この人には通じないと思った部分は意識的に隠すようにしてきた。

無理に開示する必要もないし、そうすることで自分自身を守ってきた部分もある。

正直、そうした一面にコンプレックスを感じることはあった。

けれど、カラータイプを学ぶ過程で「どうやら自分だけではないぞ」と気付いた瞬間、多面性を持つことは決して恥ずかしいことではないと思えるようになった。

どんな自分も、自分自身。

相手が同性なら、更年期に纏わる話をすることもあろう。

相手が異性なら、宗教に関する話をすることもあろう。

自分の中には幾つかの引出がある。

その引出の中から、相手に合わせた話題を提供する。

きっと、あなたもそうだろう。

無意識のうちに話題を切り替え、円滑な関係が築けるよう努力をする。

そもそも会話の噛み合わない相手とは関わらない努力をする。

中には土足で踏み込む図々しい輩もいるが、そういう時には能面を見せれば良い。

即ち、無反応である。

顔を使い分けることは決して悪いことではない。

自分自身を守る為にも、身に着けるべきことなのだろう。

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